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  3. 老化・寿命研究の最前線「開かれたパンドラの箱」著:今井眞一郎 備忘録

個人的老化制御研究の続きです。NMNを発見した方ですね。(2021年7月30日第1刷発行)

前回の「LIFE SPAN -老いなき世界-」(Why We Age-and Why We Don’t Have To)」にも出てきた、米国ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門の今井眞一郎教授(神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長兼任)の本を読んでみました。今井先生はディビット・シンクレア教授の研究仲間でもあります。

開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線」です。今井教授は、酵母やマウス・人間の体内にある酵素「サーチュイン」が、老化や寿命を制御しているという事実を発見したことで知られる世界的な老化研究者です。現在は、NMNのヒトへの有効性をみる研究を進めています。

NMNまでたどり着いた話も面白かったのですが、今井先生がなぜ研究者になったかの経緯や、本の最後に書かれていた「日本の今後を考える」の「リーダーシップの条件」が大変示唆的であったので記したいと思います。

生まれる前にお腹にいる時、胎盤剥離か何かで妊娠の継続が難しくなり、大きな病院で母は「中絶せざるを得ません。もう赤ちゃんはだめです。」と言われた。母は流産の経験があったためあきらめきれず市中の病院を探し、探し当てた産婦人科の医師が「99%は難しい。しかし残り1%でも希望があれば私は力を尽くします。」と言って処置をしてくれた。そして無事に生まれることができた。その話を小さい時から繰り返し聞いて育ち、産婦人科医になろうと考えた。

開かれたパンドラの箱

そして医学部で研究が楽しくなり、臨床ではなく研究の道に進もうか迷いが出てきた。その時にたまたま出席した産婦人科の講義で「君たちは研究をしなければならない。なぜなら医者の仕事は尊いが、医者は一回に一人の患者しか助けられない。研究で生命の根本原理を解決できたら、何千何万の人を救うことができる。」と聞き、まさに天の啓示と思い、研究者になる決意を固めたそう。


以下、NMNがどう働くのか自分の備忘録として。
老化制御に関わるサーチュインが働くためには、体内にNADが必要。歳をとるとNADが減ってしまう。哺乳類のNAD合成では、出発物質としてビタミンB3の一種・ニコチンアミドが特に重要で、ニコチンアミドはNAMPTによってNMNになり、それにNMNATという二番目の酵素が働き、NAD合成が完了するとのこと。
NAMPTが減ることもNAD減少の一因である。NAMPTには2種類あり、そのうちのひとつeNAMPTは脂肪組織から分泌される。脂肪組織は大切なので中年になりNAMPTが体内において減ってくると、身体が中年太りをさせて増やそうとするのではと今井先生は想像している。

マウスにNMNを与えてNAD合成を回復させると、劇的な糖尿病治療効果があった。(インスリン分泌が改善)

ちなみにNADは運動でも体内で増える。
運動が糖尿病改善に効果があるのはこのあたりにも理由がありそうですね。

以下はあくまでマウスでの成果。

マウスも人と同じように歳をとると中年太りになるが、NMNを飲ませると太りにくくなった。えさの量も若い時と同じく多く食べた。エネルギー消費も酸素消費量を調べると上昇していた。骨格筋でのミトコンドリアの働き具合が高く保たれていた。人に例えると60代が40代の代謝効率を保ち、ホイールを回す活動量も高かった。インスリン感受性も高く、肝臓の中に溜まる中性脂肪の量も抑えられていた。血液中のコレステロール、トリグリセリド、脂肪酸が下がる傾向にあった。ドライアイ・骨密度にも良い効果があった。

開かれたパンドラの箱

現時点でわかっているの抗老化の薬は他にもある。ラパマイシン、メトホルミン等。

ライラックの花由来の糖尿病治療薬「メトホルミン」にはオスのマウスでわずかに寿命を延ばす作用があると確認された。メスに効果はなかった。また別のグループが加齢による様々な組織の衰えを改善する作用があることを報告しているとのこと。今も研究は続いているらしい。

「LIFE SPAN」のディビット・シンクレア教授が見いだした「レスベラトロール」のことも書かれている。

何が最もよい方法か、そう遠くない将来に多くのことがわかってくると今井教授は言う。

現時点でわかっていること ≫

★カロリー制限は、アカゲザルの実験(1980年代に20年かけて実験)では効果ありであったが、遺伝的背景によって異なるので一筋縄にはいかないらしい。中年以降に脂肪を蓄えたサルの寿命が延びていた。
経験的に臨床医の間では「小太り」の方が良いことがわかっていた。腎臓透析あるいは手術後に合併症に罹る率も、感染症に罹って死亡する確率も小太りの方が低い。(男性はBMI・25~27、女性は22~24前後が一番長生きする。)

栄養不足に陥らない程度のカロリー制限によって代謝の効率化が起こる。効率よくエネルギーを取り出し、炎症を抑え、酸化ストレスが減るようになり結果、加齢に伴う病気にかかる率が下がる。

ただ簡単ではないのは、遺伝的背景が人によって異なり、同じカロリー制限でも老化が遅れる個体と進んでしまう個体がいるそうなので、ご注意を。

無菌室にいるカロリー制限したマウスは寿命は延びる。けれども病原ウィルス(インフルエンザなど)に感染させるとすぐに死んでしまう。カロリー制限で代謝の能力は高まるが、病原体に対する抵抗力は落ちてしまうとのこと。トレードオフらしい。
今のようにコロナが蔓延している中では、ちゃんと食べて免疫力をアップした方が良いかもと今井教授も言う。

★ホルミシスの考え・・・カロリー制限は「ホルミシス」と呼ばれる現象ととらえることができる。ホルミシスとは、一定程度の弱いダメージやストレスが与えられると、身体に備わった応答あるいは修復プロセスが働いて、かえって健康になる効果があるという現象。例えば毒性を持つ物質や放射線を少量ずつ与えると、より高い用量に対して耐性を持つようになる。
★運動時に酸化ストレスを減らそうと「抗酸化ビタミン剤」を同時に服用させたところ、運動が示す良い効果が失われてしまうこともわかっている。(2009年・リスト―博士)
運動時の酸化ストレスもある程度、身体には必要らしい。


≪ 老化防止のために今すぐできること ≫

加齢と共に、糖尿病、がん、アルツハイマー病、骨粗鬆症になる人が増えるが、老化が最大の危険因子である。どんなことに注意したら良いか、今井先生が書いている。

NMNは有効な働きが証明されているが、現在市場に出ているものは玉石混合で、信頼できるものは日本製で二種類あるがまだ非常に高価格である。安いものには生体には存在しないような不純物が入っているものもあるので気を付けてくださいとのこと。今井先生は早く安全で価格が手ごろな商品が出ることを望んでいる。
元々は野菜や果物に含まれるものなので、体内のNMNを増やすには枝豆、ブロッコリー、トマト、アボカド、植物の種子をバランスよく食べると良いらしい。

高品質なNMNが普及するまでに重要なのは、運動です。運動能力を高く保つと長生きします。広い歩幅で早く歩ける人は長生きする傾向があるとのこと。
また、運動を続けるモチベーションも大切。老齢マウスでも、一匹でいるより何匹かいた方がホイールを回す活動等に変化があるという。脳の働きの活性化が体の活性化にもつながるのかも知れない。現在著者の研究室で実験中らしい。

以下は今井先生のとっておきの話。2014年のサーカディアンリズム(24時間周期のリズム)関連の学会で聞いた話。時差や夜勤からサーカディアンリズムを戻すには、最初の食事で高いカロリーを摂ることが重要だという研究発表が相次いで行われたという。
その次の日から今井家ではディナーの内容をステーキからデザートまでそっくり朝に食べることにした。夕食はチーズやハム、フルーツやナッツを少しワイン1~2杯とともにくつろぎながら食べる。その結果、三か月くらいかけて体重がゆっくりと減り、夫婦共にちょっと小太りのところでピタッと止まったという。
サーカディアンリズムは食・運動とともに重要らしい。

そのことを著者がドイツと中国の友人に話すと「朝食は皇帝のように、昼食は王様のように、夕食は物乞いのように食べなさい」という格言を教えてくれた。英国では「朝食は女王のように、昼食は王女のように、夕食はメイドのように」というのだそう。
やはり先人の知恵には学ぶことが多い。


人生の後半においてできる限り健康でいて、個人の生活を十分に楽しみ、また社会にも貢献し続けていく「プロダクティブ・エイジング」を実現したいと著者は言う。
その実現のためには安価で処方箋がなくても手に入り、薬と同じくらい効能が厳密に検証されている物質があれば良いという。
モデルのひとつに、米国で安く処方箋なしで購入できる「ベビーアスピリン(低用量:一錠81ミリグラム)」がある。(日本では現在、処方箋なしに買うことはできない。)比較的安全で、複数の臨床研究で心血管疾患や大腸がんの予防効果が確実に証明されているとのこと。著者も夫人も既に20年近く飲み続けている。50歳の時、大腸内視鏡検査をしたがポリープひとつ見つからなかったという。
このベビーアスピリンや、安全で安価なNMNが普通に薬局で買えて老化に伴う様々な機能低下を確実に改善できるようになれば理想的とのこと。

そうすればプロダクティブ・エイジング、予防医療、先制医療の実現に近づくと著者は言う。

そもそも世界で最初にNMNの生産技術を確立したのは、オリエンタル酵母工業という日本の会社だそう。2015年に世界で初めて製品化を果たしたのも日本の新興和製薬(現・ミライラボバイオサイエンス)。日本の技術力はやはり優れている。

2022年現在。NMN、まだ高いですね(ミライラボバイオサイエンス:14,580円)。↓


今後は、元気になった高齢者が社会にどう貢献していけば良いかを考えていく必要がある。今のままだと年功序列が定着している日本で既得権を持った高齢者が、その地位にしがみつくかもしれない。社会体制の健康な新陳代謝は必要。高い地位にいる高齢者が自分本位でことを考えるのではなく、若い世代に「人生の叡智を伝え」「適切な地位に移る」ことをしなければならない。そうでなければ社会に大きな歪みだけを起こしてしまうと著者は言う。

わたし
わたし

これが一番難しい問題になるかも。

もしかしたら「パンドラの箱」を開けてしまったのではないかと考えることがある。お金持ちが健康を維持し、それを手に入れられない人は社会的弱者になっていくというディストピアを想像してしまう。
パンドラの箱から最初に出てくるのは「苦しみ」かもしれない。しかし最後には「希望」に変わって欲しい。

開かれたパンドラの箱

他にも、日米の研究体制の比較(一言で言うと、日本の研究体制の遅れ)、科学者の評価の違い等々を記されている。日本人のポスドクは非常に優秀だが、長年「徒弟制度」で研究してきた弊害で幅広い視野を培っている人がほとんどいないそう。これはリーダーシップも含めて教育の問題だと著者は言う。
著者が今、ワシントン大学で行っている研究を、現状日本で行うのは制度的に難しい。著者は、次世代のリーダーとなる優秀な人を日本で育てようと決心し、2019年日本で「プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)」を設立した。日米を行ったり来たりしている。

若き日、慶応で教えてもらった高野教授から教わった大事なメモがある。将来研究者になりたいなら、
1.業績の内容が大切。業績はバラバラではなく一つの流れ・ストーリーを持つように。
2.後進の研究者を育てるため、後輩を引っぱりなさい。
3.研究費をちゃんととること。
4.人柄が大切。明るく積極的、誠実でなければならない。人間性はとても大切なことだ。

著者は国際的な人材育成にも力を入れている。これから少子高齢化でいかに日本の研究力の基盤を支え、国際的なリーダーを育成していくのか、今考え、今実行しなければ、日本の未来はないという。

国際的なリーダーシップとは、教育で身につけ育てることができる。
リーダーシップを発揮するには3つのことを実践する必要がある。
「プライオリタイゼーション(prioritization):優先順位」「コミュニケーション(communication)」「オーガナイゼーション(organization)」で、この順序で大切である。
リーダーは、「今、何をすることが最も重要なのか」を常に考えて実践しなければならない。その際に重要となるのがビッグピクチャー(全体的なビジョン。ゴール)。ビッグピクチャーを持ち優先順位を毎日、考え抜くこと。
そして、情報を集め、それを共に行ってくれる人々との協力が必要になる。その時に絶対的に重要なのは「コミュニケーション能力」。
そして、目的がどれくらいの時間とリソースで実現できるかを見積もり、必要な資金を集め、装置や人を調達するなど「オーガナイズ(組織化)」するプロセスには、ある程度の経験が必要になってくる。トラブルなども見積もっておく。仲間の人となりも計算に入れる。
これがリーダーシップだという。

著者は毎年、メンバーのひとりひとりと長い面談をする。著者のリーダーシップの資質についても、足りない点を辛口で指摘してもらう。常に切磋琢磨していかなければならない。
リーダーシップは若い時から意識することが大切。

日本では「エリート」という言葉にはあまり良いニュアンスがないが本来は「選ばれたもの」というリーダーシップを発揮する存在です。高校・大学の早いうちから真の意味のエリートを育てる教育を始めた方が良い。
今後、少子高齢化で日本が斜陽の時代に入るのは避けられない。斜陽の時代からの脱却に最も必要なのは、国際的なプレゼンスと能力を備えたリーダーです。逆三角形の人口動態は避けられないが、老齢人口が減少した後、医療費などの税負担が減り、日本の国力に余力が戻るはずです。私はその時期を大雑把に50年後と予測しています。日本の国力が再び上昇サイクルに入った時、国際的なリーダーシップを取れる人材が育っていないといけません。そのためには、現在働き盛りの世代の意識が変わり、彼らがその子ども達を教育することによって、国際的なリーダーが生まれるようにする。つまり、二世代にわたる布石を打つ必要があります。今から始めないといけません。

開かれたパンドラの箱

今井先生は、日本が将来、明るい未来を享受できるように、世界から尊敬される国であるように、それをサイエンスの力で果たすことができるようにしたいと考えている。


これから老後を迎える私の今後の生活スタイルを考える上でもとても参考になった。まだまだやりたいことはたくさんあるので健康でいたい。
運動で健康を保つには、モチベーションが大切。私も仲間がいるダンススタジオに通うのは楽しい。マウスと同じだ。できる限り通い続けたい。
まだ時間はある。いろいろ考えてみよう。

ウクライナに一日も早く平和な日常が戻るよう祈る毎日